読書 選べなかった命 出生前診断の誤診で生まれた子

週刊新潮で、特集されている記事があり、そこでこの作者のことを知った。

週刊新潮内の記事もいい指摘がされており、興味をもち本を購入し読んだ。

本の内容もかなり濃く、答えが出ない内容かつあまりみんなが突っ込みたがらない内容に大きく踏み込んでいた。産婦人科医として、この作者のような問題提起をしてくださるのはとてもありがたい。気を付けて診療をしていかなければならない。

当時41歳の田中光さんがエコーでダウン症の疑いを指摘され、確定診断のために羊水検査を受けた。
しかし、その結果は異状なしと言われた。その後出産に至ったが、生まれてきた子供はダウン症で様々な合併症を併発した。必死の治療の甲斐なくその子供は亡くなってしまった。

この子供は、誤診によって誕生し、生まれたこと自体が損害なのか、日本で初めて争われた命である

「出産するか中絶するかを自己決定する機会を奪われた」と主張し1000万円の慰謝料を求めて訴訟した。

wrongful life訴訟:
重篤な障害を負って生まれた当人が,自分は生まれないほうが良かったのに、医師が親に中絶の決断をするための根拠となる情報を与えなかったために生まれてしまったとして、自分の生きるに値しない生をもたらした医師に賠償責任を要求する訴訟

Wrongful birth訴訟:
上記は本人の立場だが、こちらはその両親が主体。

この訴訟はかなりナイーブな問題である。訴訟を起こした母親もかなり批判を浴びた。最終的に勝訴となったが、院長から子供への謝罪はなかったと漏らしている。

この本に関してもなかなかこのブログで内容を紹介するのは難しいと思う。
内容が重たい。ただ大事であることは確か

p207の福岡医師のコメントは心に響いた。これは産婦人科医として本当に難しい問題である。

結果としては、この訴訟は原告の勝訴で1000万円の支払いが命じられている。
また、この訴訟とは別に羊水検査を受けられずダウン症の子供を産んでしまったと提訴した母親もいるがその裁判は原告は敗訴となっている。この京都での訴訟の流れも書いてあったが、なかなかかわいそうである。明らかに母親の人生を変えてしまっている。

中絶は普通に行われているが、母体保護法上は障害を理由にした中絶は認めていない。あくまで経済的な理由のための中絶である。
医療の進歩によって出生前診断で胎児の異常が分かる時代になってきた。五体満足の正常である子が生まれてくるのを望むのが当たり前と言えばそうなのだが、ダウン症と分かれば、中絶するのかというところが難しい。ダウン症を子に持つ親の団体はダウン症=中絶はおかしいと訴えてはいるが、ただ現実はほぼ100%中絶に至っている
この問題に対して、医療者側も負担に感じている「NIPTは実質的に堕ろすための検査である」と感じるくらい医療者にとっても中絶は精神的にかなり負担
中絶のために助産師を目指したわけではない

また、生後の治療の有無も家族にゆだねられるように時代が変わってきた。そのため、長期予後が見込めない染色体異常など、家族が治療を望まなければ何もしないで見守るしかない。それを見届ける家族もつらいが医療者もつらい。(本のなかでは、食道閉鎖の18トリソミーが数週間干からびるように死んでいったのをみているのがつらいとあった。)

この本のすごいところは、作者自身も35歳を超えてからの妊娠でエコーでダウン症の可能性を指摘されていた。出生前検査に関して強制的に説明され、「高齢出産の妊婦には説明したとカルテに書かないと訴訟になるからね」と言われ、障害を持つ子供を産む可能性に強制的に向き合わされることになった。最終的に、作者は検査はせずに障害があっても産んで育てたいという結論に至ったが、妊娠中は不安ばかりであったとのこと。実際、生まれてみるとどのような子であれ、愛おしく思ったであろうに直前は心配ばかりした自分を恥ずかしく思ったとのこと。これに関して、最近はエコーの機械の発達によってよく見えるようになり、生まれる前の胎児の状態がよく見える。胎児の状態がより分かることはメリットなのだが(そして顔もよく見える)、メリットしかないと簡単に考えるのは間違いで、実はデメリットもある。結果的に知らなくてもいい情報を与えられて、作者のようにすごい不安に思ってしまうのである。さらに心疾患に関しても、生まれる前からいっぱい説明されてもよく分からない。これから産まれてくる胎児が疾患を持っているといっぱい怖がらされると、だんだん自分のおなかの中の赤ちゃんもなにか怖い生き物のように感じてしまう。
また、いろんな角度から取材されており、その点も最後の解説で触れられており、すごいまとまった本であり、勉強になりました。